IN__このシステムを通して、アーティストはアート市場での購買力を持つようになりましたが、これは一般的にはアーティストが持ち合わせていないことですよね。
MB__アーティストが生きていくためには、アートの世界以外の人達からの支援が不可欠です。友人や同僚、別の大陸で活動する、見ず知らずのアーティストをサポートすることができるというのは、非常に力強いことだと思います。
IN__アート業界のように比較的閉鎖的な環境では、アーティスト・サポート・プレッジは非常に成功したイニシアチブであると言えますが、このモデルをより広いコミュニティで活用することは可能でしょうか?
MB__アーティスト・サポート・プレッジはいくつかの問題を解決してきたと思います。第一に、これまでになかったアーティストのための即時経済が生まれました。私は恩恵の文化や、歴史の中での文化的価値がどのように構築されてきたのかということに非常に興味があります。私たちが現在アートの世界で使用している価値システムは、価値と独創性を高めるという典型的な資本主義の体系の上に構築されています。独創的かつ希少、そして文化的によく知られたものであればあるほど、その価値は高くなります。アーティストはその価値をもって裕福になり、ギャラリーはその価値を管理することによってさらに大きなお金を得ることができます。まさに富のピラミッドです。その頂点に属する少数の人間のみが巨額の富を稼ぐことが可能であり、その反面、下には何も稼いでいない人が多く存在しているのです。
私は、このモデルを完全になくすべきだと言っているわけではありません。制作には大きな資金と時間がかかりますし、その為、販売する際に高額になることは仕方がないことです。しかし、だからといってこのピラミッド経済と並行し、アーティストが生き延びるための、他の経済モデルを提案することができないというわけではないと思います。アーティストの多くは講師や技術者などのアルバイト、すなわち「ギグ」経済(下請け)の基で働いています。問題は、それらの仕事は彼らがやるべきこと、つまり作品を作ることから彼らを遠ざけてしまうことです。多くのアーティストがそうであるように、私のスタジオには何千点もの作品があります。しかし、それらの作品はハイエンドのマーケットで展示する為に制作されたものではありませんし、世に出ることはありません。私がこのイニシアチブを通してやりたかったことは、アーティストが生き延びるための資金をすぐに調達できるようにするための市場をつくることでした。
アーティスト・サポート・プレッジはサスティナブル(持続可能)なモデルであると考えています。私はエコロジーと環境双方の観点からサステナビリティーという考え方に非常に興味があります。私自身アーティストとしてこの1、2年間、サステナビリティーという価値観をどのようにして、自身の思考、行動そしてアートの価値を高めたいという原動力に落とし込むことが出来るのかについて考えてきました。アーティスト・サポート・プレッジは、これらの価値観を反映したものに過ぎません。私は得たものは還元するべきである、という経済学を信じています。
人の気持ちに疎くなったり、気にかけることが出来なくなるまでの富を築き上げ続けることは単純に出来ないと思います。アーティスト・サポート・プレッジの参加者には、他のアーティストよりも経済的に成功している人もいますが、彼らの作品も他のアーテイスト同様最大£200以内で販売されます。そして£1000の目標に達する毎に、20%を還元する必要があります。このイニシアチブの優れた点は、常に20%はコミュニティに還元されることにあります。
この売上の一部をコミュニティに還元する、というシステムによって、真価は利益ではなく、贈与である、ということを参加したアーティスト達は顧慮せざるを得ないのです。消費主義経済とは、歴史的に見ても比較的新しいものであり、コミュニティや個人、環境への影響という点ではあまり成功した経済システムであるとは思えません。私がこのイニシアチブを通して提案している概念は、もしかしたら異なる経済モデルを生み出す方法に繋がる可能性があるかもしれませんが、しかしその一方、我々は複数の経済モデルをこの社会に維持できるほど優秀ではないのかもしれません。
IN__アイソレーション・アート・スクールはどのようにして生まれたのですか?
MB__アイソレーション・アート・スクールは、私の友人であるキース・タイソン(イギリス人アーティストで2002年のターナー賞受賞者)が立ち上げた姉妹プロジェクトです。彼は、アーティスト・サポート・プレッジと同じような寛容な精神を持った学校を設立したいと考えていました。子供と何か楽しいことをしたいという、美術講師や親御さんからの声をもとにアイデアを発案しました。#isolationartschool のハッシュタグをつければ、誰でもコンテンツを投稿することができます。コンテンツは通常60秒以内の学習映像が主です。投稿者にはコンテンツ内容を説明する適切なハッシュタグとタグラインをつけてもらうことだけをお願いしています。詳しい内容が気になる方は @isolationartschool を是非参照してください。
IN__アーティスト・サポート・プレッジ、アイソレーション・アート・スクールの両方ともインスタグラム上のみでの活動になるんですか?
MB__はい。インスタグラムは私にとって最も身近なプラットーフォームですし、たくさんのアーティストが活用しています。インスタグラムは双方のプロジェクトを軌道に乗せる為にも一番有効的なプラットフォームだったんです。
IN__アーティスト・サポート・プレッジが短期間で広まった理由の一つに、人々が危機感に駆られているという現状が関係しているのではないかと思うのですが。実際私たちは今危機的状況にいます。英国政府によるCOVID-19への対処は、現在の資本主義モデルが抱える経済的・社会的欠陥を多く露呈しました。その結果、人々は代替モデルを模索するようになったかもしれません。いわゆる「戦時下」のメンタリティから抜け出した以降も、この状況は続いていくのでしょうか、それともアーティスト・サポート・プレッジは自己満足的なイニシアチブで終わってしまうのでしょうか?
MB__(笑) いい質問ですね。ここ数日間、何度も自問自答しています。贈与経済は、金銭的な価値ではなく、何かを与えるという概念の元成り立っていると思います。オークションでどれほどの金額で取引されたかとか、著名な作家の作品であるとか、そういうことでアートを評価してしまいがちですが、アートを作ること自体が既に寛容な行為であり、それが生み出すことに価値があるという考えを、私たちはやめるべきではありません。全てのアーティストはそのことを暗黙に理解していると思います。
COVID-19以降の世界でもその寛容さが求められるかどうか?について、私は専門家ではないのでわかりません。。ソファに座って「これはすごいことになるぞ!」と思ったわけでもないし、「良いアイデアが浮かんだ!」と思ったわけでも無いんです。初めてインスタグラムにアーティスト・サポート・プレッジのアイコンを投稿した時は緊張しました。とんでもないことになるかもしれないと思って...。今現在私が言えるのは、この活動が瞬く間に多くの人の間で広まっていったという事と、アーティスト・サポート・プレッジが内包するメッセージに対して非常に大きな反響があったということです。